英語のギモン

翻訳とは? 「その人の言葉にすること」【和訳+文脈⇒翻訳】

こんにちは、英語翻訳者のケイタです。
独立してフリーランスで12年め、訳書が7冊ほどあります。

さて、みなさんは「翻訳」って聞いてどう思いますか?

んーーと、なんか難しそー…

ですよね。

学校の英語の授業では、英文「和訳」っていいます。
でも、村上春樹さんが本を訳したり戸田奈津子さんが字幕を訳すときは、
和訳ではなく「翻訳」っていいますよね。

では、「和訳」と「翻訳」はどう違うんでしょう?
ぼくも仮にも翻訳者のはしくれ、少しお話しさせていただきます。

「翻訳」の定義はあいまい

まず初めにお断りしておきます。
ぼくの知るかぎり、プロの翻訳者のあいだでも、「翻訳」とは何か、という共通の定義はありません

考えてみれば当たり前で、デザイナーのあいだで「デザイン」とは何か、料理人のあいだで「料理」とは何か、なんて決まった定義はありませんよね。

プロであれば人それぞれ、自分の仕事に対して信念や想いを持っているはずで、それがその人にとっての「翻訳」であり「デザイン」であり「料理」なんです。

では、ぼくにとっては?

その人の言葉にする作業

ぼくは、翻訳とは「その人の言葉にする作業」と考えています。

This is a pen.」という大変有名な英文がありますね^^。
(最近の教科書は変わってきてるみたいですが。)

学校の授業では「これはペンです。」と訳します。授業では、これでOK。

でも、ちょっと考えてください。
これ、実際に、どんな場面で言うでしょうか?

ちょっと想像すると……
たとえばタイムマシンが発明され、ぼくが縄文時代にタイムスリップしたとします。
そこで出会った縄文人の若者に、現代のいろんなものを見せる。

当然 pen も見せることになる。
縄文人の彼は筆記用具など見たことがない。
そこでこう訊いてくる――「What is this?」
それに対してぼくは答える──「This is a pen.」

これを踏まえて訳すなら、ぼくは――「これは、ペン。ペンっていうんだ」とします。

ん? 縄文人と英語で話してる…? 

例えばの話なので、あまり深く考えないでください。。。

英文と和訳、翻訳を並べて見ましょう。

This is a pen.
(和訳)これはペンです。
(翻訳)これは、ペン。ペンっていうんだ。

学校の和訳には文脈がない

この違いは何でしょうか?
――違いは、文脈があるかどうか、です。

文脈とはつまり、

  • どんな状況か?
  • だれの発言か?
  • どういう意図か?

など、その文章の前提条件や背景のことですよね。

「和訳」はたいてい文脈を必要とせず、「翻訳」には必ず文脈があります。
そして、文脈しだいで訳はいくらでも変わります

上の例では、「ぼく(ケイタ、38歳男)」が過去にタイムスリップして「縄文人の若者」に現代文明を教えるという設定でしたが、
一転、「縄文人の若者」が「縄文人のおばあちゃん」に、「ぼく」が「現代からタイムスリップした中学生の女の子」に変われば、セリフも変わってきます。

たとえば、

縄文人のおばあちゃん: これは、何じゃね?
中学生の女の子: これ、ペンっていうんだよ。

とかね。

さらに登場人物の親密度やそれぞれの性格、出身地なんかによっても、使う言葉は無限に変わりますよね。訳はそういった文脈次第なんです

「和訳」に「文脈」を付加すると「翻訳」になる、と一応言えそうですが、これでは堅苦しいので、ぼくとしては「その人の言葉にする」と言いたいです。

「その人」とは、発話者であり、原著者であり、訳す本人でもあります。会話なら、発話者の気持ちになって、自分ならどういうか考えてみてください。

訳文はひとりひとり違う

みなさんなら、縄文人に「これなに?」って聞かれたら、なんて答えますか?

思い浮かぶ表現は、人それぞれだと思います。

それでいいんです。

自分の解釈を表現するのが、翻訳なんです。

学校の和訳も大事──翻訳の土台

ただ誤解してほしくないのですが、「和訳」の勉強も大事です!

「和訳」の土台があって、初めて「翻訳」ができます。有名な翻訳家の方々だって、みなさんと同じように学校で英語を学び、和訳をしていたんですよ。

いま学校で英語を習っている人も、社会に出ている方も、学校の英語は無駄になりません! 大事にしてくださいね~~。

それでは!

(あれ?今回ぼく出番少なくない??)ちゃおー。